セカンドループの価値

鍵山優真選手が今シーズンになってセカンドでループジャンプを飛ぶ、いわゆるルッツループを飛ぶようになりました

かつてはザギトワ選手がこのルッツループを一つの武器としてオリンピックを勝った、なんてことがありました。

 

今回は、そんな、セカンドジャンプでループを飛ぶ価値はどれくらいなのか? というのを見てみます。セカンドジャンプでループ、というのはダブルループではなくトリプルループのこととして考えます。

 

ザギトワ選手のオリンピックのころは、基礎点が今とは違いました

当時はトリプルループは基礎点5.10 トリプルトーループは基礎点4.30でした。

ここから、コンビネーションのセカンドで、トリプルジャンプを飛べる選手が、トーループからループに変えられれば、基礎点が0.8上がるという計算になります。

ただし、当時は、後半1.1倍ボーナスが回数無制限、という時代でしたので、ザギトワ選手はショートもフリーも、全ジャンプが1.1倍ということになっていました。

従って、ショートではセカンドループの価値は0.8×1.1=0.88点分です。

 

フリーの場合は話が複雑です。

当時のザギトワ選手の場合、二回飛ぶジャンプはルッツとフリップでした。トリプルトーループは別のコンビネーションのセカンドに入れているので、トーループの代替としてのループではないです。単純には、トリプルトーループを2回入れられないのでダブルトーループにしないといけないこと、への代替ということになります。ただ、セカンドでトリプルループが飛べるということは、ダブルループは当然できるからダブルループの代替、と考えた方がたぶんよいです。

しかしながら実際にはそういう計算にはなりません。なぜなら、セカンドで跳んだトリプルループは、セカンド跳ばない場合はファーストジャンプでどこかで飛ぶのが普通だからです。

 

ザギトワ選手の平昌オリンピックフリー

 

Elements

 

 BaseValue

 

GOE

1

ChSq1

 

2.00

 

1.70

2

FCSp4

 

3.20

 

1.07

3

StSq4

 

3.90

 

1.80

4

3Lz

 

6.60

x

0.50

5

2A+3T

 

8.36

x

1.40

6

3F+2T+2Lo

 

9.24

x

1.20

7

LSp4

 

2.70

 

1.07

8

3Lz+3Lo

 

12.21

x

1.70

9

3S

 

4.84

x

1.40

10

3F

 

5.83

x

1.70

11

2A

 

3.63

x

0.57

12

CCoSp4

 

3.50

 

1.50

 

TES

 

66.01

 

15.61

 

ザギトワ選手の構成要素の中には、単独のダブルアクセルがあります。セカンドでトリプルループを飛ばない場合には、このダブルアクセルが単独のトリプルループに置き換わるはずです。したがって、セカンドでトリプルループを飛ぶことは、ダブルループからトリプルループに置き換わったのではなく、ダブルループからダブルアクセルに置き換わったのと同じ価値、という計算になります。当時のルールでもダブルアクセルの基礎点は3.30でしたので、

3.30-1.80 =1.50 

これがセカンドループの基本的な価値で、1.1倍ボーナスを考慮すれば1.65基礎点が上がる、という計算になります。なお、ダブルループではなくダブルトーループからの代替と考えれば、ダブルトーループの基礎点は1.30でしたので、2.00が基本的な価値であり、1.1倍ボーナス考慮後で2.20基礎点が上がる計算です。

 

従って、ショートフリーで2本、セカンドトリプルループを飛んで、得られる価値は1.1倍ボーナスを考慮して、フリーはダブルトーループの代替と考えたとしても基礎点が3.08上がる、というところまでになります。ダブルループの代替と考えた場合は2.53の上昇でした。

オリンピックの時のザギトワ選手とメドベージェワ選手の点差は1.31でしたので、ザギトワ選手がショートフリーで共にセカンドトリプルループを決めた、というのが決め手になったのは計算上からは言えることです。

 

なお、セカンドループは跳べるけれど1.1倍ではなくて冒頭ではないと決められない、セカンドトーループなら1.1倍で跳べるのだけど、というような選手がいたとします。

この場合、ショートでは、3Lz+3Loで11.10の基礎点に対して、3Lz+3Tで1.1倍だと11.33の基礎点となり、セカンドループの導入の価値がありません。また、フリーでも3Lz+3Loに2Aが1.1倍として合計基礎点が14.73に対し、3Lz+2Tと3Loどちらも1.1倍のとき13.64となり、基礎点差で1.09利点があるのみとなります。3Lz+2Loとの比較であれば、14.11との差なので0.62の基礎点差ということになります

 

なお、同じような計算を現行ルールで行うと、ショートでは1.1倍時への投入として比較すると0.77基礎点が上がり、フリーでは1.76基礎点が上がる計算ですが、現行ルールでこれを1.1倍のところに入れるのはかなりハードルが高そうです。1.1倍ではないところだと、ショートフリーで2本飛んで基礎点が2.30上がるだけ、という計算になります。

 

ザギトワ選手とメドベージェワ選手の時のような、きわどい試合の場合には最後にこのセカンドループを飛べていたことが決め手になったりはしますが、普通の選手から見ると、ハイリスクローリターンなジャンプに見えてしまう現実があります。

なお、トリプルアクセルを飛べるようになれば、それ一本でダブルアクセルの代替として基礎点が4.70上がり、さらにGOEの取り方でもプラスが見込める計算です。こちらもハイリスクではありますが、セカンドループ戦略よりハイリターンが得られると言えます。

 

さて、では、セカンドループは価値が薄いのか? 価値が薄いならなぜ今のルールで鍵山選手がフリーでこれを投入してきたのか? これを考えます。

 

鍵山選手はザギトワ選手とは事情がかなり違います。鍵山選手の構成にはザギトワ選手のように、単独のダブルアクセル、というような要素はありません

 

○鍵山優真選手の20年全日本選手権フリー

 

Elements

 

 BaseValue

 

GOE

1

4S

 

9.70

 

2.91

2

4T

 

9.50

 

-2.58

3

3F!

!

5.30

 

0.76

4

4T+3T

 

13.70

 

3.53

5

FCSp2

 

2.30

 

0.62

6

ChSq1

 

3.00

 

1.29

7

3A+1Eu<<+2S

<< 

10.23

X

-2.63

8

3Lz+3Lo

 

11.88

X

1.26

9

3A

 

8.80

X

2.51

10

StSq2

 

2.60

 

0.85

11

FCSSp4

 

3.00

 

0.99

12

CCoSp4

 

3.50

 

0.95

 

TES

 

83.51

 

10.46

 

鍵山選手はフリーで飛ぶジャンプのうち、一つ目に飛ぶジャンプで一番基礎点が低いのはトリプルフリップです。これはつまり、一つ目に飛ぶジャンプとしては、トリプルループは余っている、ということになります。したがって、鍵山選手にとって、3Lz+3Loというジャンプは、3Lz+2Loの代替、という計算ができます。これは現行ルールで見て基礎点として、(5.9+4.9)-(5.9+1.7)=3.20 の基礎点差が得られ、かつ1.1倍に入っているので3.52の基礎点差、ということになります。

フリーで一つ跳ぶだけで3.52基礎点が上がる、というのは、ショートフリーで2本とんでやっと基礎点が2.53上がる(1.1倍時計算)というのと比べて格段に大きいです。これはトリプルループが余る選手にだけ生じる事象です。

トリプルループが余る、というのはどういったときに起きる事象か?

これは、ジャンプの数を数えると分かりますが、四回転ジャンプを二種類持っていて、かつトリプルアクセルも跳べる選手に生じる事象です。鍵山選手はピッタリこれに当てはまります。

鍵山選手は四回転が二種類の選手です。三種類目は基礎点順ならループですが、ループを飛ぶ選手の少なさを考えると、フリップかルッツになるのが一般的です。フリップに!がつきやすいことを考えると、鍵山選手の場合はルッツになるでしょうか?

四回転ルッツを飛んだ場合、単純に三回転ルッツの代替ではなくて、おそらく三回転フリップの代替となります。この場合基礎点は6.20上がります(1.1倍ではない比較として)。

この6.20の基礎点の上昇というのは、セカンドループで生み出した3.52の基礎点の上昇よりは大きいですが、2倍よりは小さい程度です。実際には、GOEで稼ぐ得点も四回転は増やしやすいので、基礎点差以上の差を生めるのですが、それを考慮しても大ざっぱに2倍くらいの価値、と考えてよいかと思います。なお、四回転ループに挑戦中、という話も聞きますので、四回転ループ比で見ると基礎点の上昇は5.20ですので、差はさらに縮まります。

逆から見ると、セカンドループの導入、というのは四回転を一本増やすことの半分くらいの価値がある、という計算になります。

繰り返しますが、これは、四回転を二種類持っていること、が最低条件です。二種類持っている選手が三種類目を習得しに行く前に、セカンドループの習得、というのを入れると、四回転一本増やす半分くらいの価値が得られますよ、という話です。

ザギトワ選手のところでは、セカンドループ戦略はハイリスクローリターン、高確率で決めきられる選手のみ際どい勝負時に有効、と書きましたが、鍵山選手にとってはミドルリスクミドルリターンであり、十分に有効である、と言えそうです。

 

なお、四回転を四種類以上習得している場合、セカンドループの価値はどうか? と考えると、少なくともトリプルアクセル以上のジャンプにセカンドでトリプルループを付けることになるので、価値はあるけど難易度の方が上がる、という計算もあります。

このことから、セカンドループに価値があるのは、四回転を二種類~三種類で3~4本構成に入れている選手ということになるかと思います。

 

このあたりの選手でループをきれいに飛ぶ選手

羽生選手にいいと思うんですけどね、セカンドトリプルループ。ただ、もう、羽生選手は、そうやって点を取っていく、という世界の住人ではなくなってしまっているでしょうか。

 

以上、今回は、セカンドジャンプでトリプルループを組み入れることについて、見てきました