国際スケート連盟2022年12月期決算

6月頭に出ていましたので、少し前の話ですが、国際スケート連盟の2022年12月期決算を今回は見ていきます。

日本のスケート連盟は7月1日始まりの6月30日終わりと、シーズンに合わせた決算年度になっていますが、国際スケート連盟は1月1日始まりの12月31日終わりという普通の1年間が決算年度です。従って、シーズンのど真ん中で決算が切られます。

 

国際スケート連盟の決算書の通貨はスイスフランです。1スイスフランが何円くらいか? というのはイメージしづらいと思いますが、最近は1スイスフラン160円近くなっています。まあ、150円くらいでイメージしておくといいでしょうか。2020年頃には110円ほどでしたのでずいぶんと円安になりました。ドルよりもさらにスイスフランの方が円に強くなっているようです。

なお、元は当然英語で、かつ、それを会計の用語(専門用語)の日本語に翻訳していくわけですが、そのあたりはある程度分かりやすいように適当な日本語を当てているので、厳密な専門用語としては正しくない、というあたりはご容赦ください。

 

○2022年12月期決算

 

2022年12月期

営業収益

35,523,586

営業費用

37,453,833

営業利益

-1,930,147

財務収入+支出

-18,232,957

その他の収入+支出

1,093,878

年間利益

-19,069,226

本業で稼いだ売上が営業収益、本業で使ったお金の金額が営業費用と思ってください。その収益から費用を引いたのが営業利益なので、本業で利益が出ていればプラス、利益が出ていないとマイナスとなります。国際スケート連盟なので本業というのはスケート関連のあれこれです。それが2022年12月期は193万スイスフランほど赤字だった、ということになります。日本円ではおおよそ3億円くらいでしょうか。22年初めころは1スイスフラン125円くらいなので円換算すると時期によってだいぶ変わってしまいますが、まあ、3億円赤字と大ざっぱには思っておけばいいと思います。ここ数年資産を減らしていますが、それでも3億スイスフラン、日本円にして450億円近い総資本があって自己資本比率も高いですから、3億円程度の赤字が出ても、それほど痛くはないです。あまりいい傾向ではないですが。

ただ、年間利益を見ると2000万スイスフラン近い赤字があります。日本円にすれば30億円近い赤字というわけで、これは結構驚くような巨額の赤字です。なんでしょうこれ?

 

本業の赤字はそれほど大きくないわけですから、本業以外のところで赤字が出ているわけで、これが金融資産が生み出した赤字です。金融資産で赤字? 何事? と思われそうなものですが、これは債券価格の下落に伴うものなようです。国際スケート連盟は余剰資産を債権でもっているわけですが、その額が2.6億フランを超えるほど、つまり400億円近く持っているようです。そこに昨今の金利上昇(日本以外)が起きた結果、債券価格が下落しました。金利上昇と債券価格下落の関係はイメージしづらい方もいるかもしれませんが、1%の利息しかもらえない債権を何年も前に買っていました、という場合、最近になって金利が上がったから5%の利息がもらえる債権が世の中で回ってます、となると、利息1%の古い債券は、そんな少ない利息の債権要らない、とみんなにそっぽ向かれるので価値が下がる、ということが起こります。その影響をどうやら国際スケート連盟は受けたようです。

この債券価格の下落は、満期まで持っていればあまり関係なく額面金額がそのまま手元に返ってきます。なので、この巨額な赤字はそれほど心配しなくてよいと思います。実際、損益計算書を見てもキャッシュフロー計算書を見ても、実際の損失ではなく、帳簿上の損失として見ることが出来ました。ただ、一部は、投資活動としての損失もあるにはあり、キャッシュフローとしてはマイナスも出てはいます。

一部報道で、羽生結弦さんの競技会撤退がISUの22年12月期の巨額の赤字の原因としているようなものがあったようですが、流石に債券価格の下落、引いてはその原因となる世界的な金利上昇の原因を羽生結弦さんに求めるのは無理があると思われます。

 

2022年ISUの主な収入

過去数年の主な収入の推移を見てみます

22年は北京オリンピックがあったわけですが、オリンピック関連の収入はオリンピック開催年だけでなく、その後4年間にわたって均して収益として計上していくことになっています。18年からの4年と比べて22年は少ない。つまり、平昌オリンピックのときよりも北京オリンピックは実入りが少なかったということになります。1年当たり120万フランとのことなので2億円弱くらいでしょうか。まあ、仕方ないでしょう、こればっかりは。ただ、15,16,17年よりは高い水準ですので、ソチオリンピックより実入りが多い。コロナの割には頑張ったと思ってよいような気はします。

放映権料はコロナ初年の20年は通常時の半分程度まで激減していましたが、22年は通常水準まで戻りました。1900万スイスフラン程度ですので、30億円程度。日本のスケート連盟は2億円台ですのでさすが1桁違います。なお、15年から19年にかけて隔年で増減しているのは、国別対抗戦の有り無しの違いのようです。直近はわかりませんが、2017年の国別対抗戦の放映権収入は225万スイスフランだった、という記録があります。22年は国別対抗戦無しの年なので、15から19の水準の低い側の年と同じくらいで傾向としてはあっています。

メディアの主なパートナーとしては、フジテレビ、テレビ朝日、JSportsという日本の3社の他、ヨーロッパではInfrontにSBS Korea 中国のInfront/CCTVアメリカのIceNetworkが上げられています。東アジア3国というのはやはり金づるですよねスポーツ界からすると。中東というのもスポーツ一般ではありますが、冬競技ではちょっとなかなか相手にしてもらえないでしょうか。金の出し手という観点で見ると、ロシアの不在よりもここ最近の中国勢の低調さ、シングルはまだしもペア大国ではあったはずなのに、北京オリンピックが終わってペアも衰退し、強かったボーヤンジン選手も不振、というあたりが心配です。

広告権収入はコロナ期の落ち込みから22年は回復しています。広告権収入の問題としては、ショートトラックの分野ではあまり稼げていないというような記述もありました。フィギュアで稼いでスピードやショートを養うという構図は日本のスケート連盟と似たような状態です。ショートトラックは現在の競技力的に日本で盛り上げるのは難しそうですが、韓国中国が強いので、エンターテイメント性もある競技だとも思いますし、そのあたりで稼いでいっていただけるとよいな、と思います。

ただ、ショートトラックは置くとして、稼いでいるはずのフィギュアの方でも額はそれほど大きくはないという印象です。円換算でせいぜい10億円程度。これ、日本で開催された2019年の世界選手権の入場券収入よりも少ない水準です。今年の世界選手権の入場券収入がどれ位かは見ものではあるのですが、過去の実績比とはいえ1試合の入場券収入より少ないのは、比較の仕方は良くないかもしれないですが、もう少し何とか稼げるんじゃないの? と思ってしまう部分はあります。

2022年は債権等から得られた利息収入が538万フランありました。日本円にして8億円程度と計算できます。営業費用が3,700万フランですので年間費用の15%ほどを利息収入で賄えているという状態なわけです。

投資利息収入が年々減っているのは嫌な流れではありましたが、金利が上がってきたので少し状況はこの先変わるでしょう。500万スイスフランを超える利息収入が毎年あるわけですが、これは広告権収入より大きい金額です。持っている資産を活かしていくのは良いことかと思いますが、広告権収入もうちょっと稼げないのか? と一方では思う事象ではあったりもします。

 

ISU2022年利息収入

各年の損益の推移をみると、コロナ以前は、15年を除くと営業損益はマイナスだけど金融収支がプラスで最終損益はプラスになる、という構図になっていました。たぶん最初から投資による収入をあてにして運営されています。なにせ年間の営業費用が3,000~4,000万スイスフランなのに対し、2.6億スイスフランの債権なんかを持っていて、その利息収入が500~600万スイスフランあるわけですから、多少営業費用がかさんでも問題ないわけです。ただ22年はその債券価格が下落したことで見た目の損益は大きくマイナスになった、という構図でした。

これ、金利が上がってきているので、持っている債権が満期になって高金利の債権に切り替わっていけば、投資収入がさらに増える構図になっていきます。

 

今後のISUの収益面ではいくつか課題があるとしています。大きなところとして景気後退に伴うスポンサー支出の圧縮、というのがあがっていますが、この景気後退は実際のところどうなっていくかよくわかりません。ただ、中国が割と危なさそうというのが今の世間の見立てですし、中国からの収益は久しぶりに中国杯が行われはしますが、あまり期待はできないかもしれません。ただ、景気はまだ一過性の循環するものではあるのですが、もっと重大なものとして、テレビ視聴率の低下という問題が上がっています。日本でも明らかに起きていますが、世界的にも同様なようです。ISU自身はコンテンツマーケティングアワードというもので、ソーシャルメディアのベストユース部門銀賞を受賞している、と誇っていましたが、これをどう収益力向上につなげていくか、というのは今後の大きな課題なのでしょう。日本でも放映権はテレビ局が獲ってきているけれど、視聴者が見ているのはテレビなのはほんの一部で全選手見るならテレ朝動画なりFODだったりするわけです。テレ朝動画のグランプリシリーズ配信、売上どれ位なんでしょうね?

 

そういった大きな流れの中で、最も人気のある日本人スケーターが競技スケートから引退した、という話もありました。小平奈緒さんのことですね、って違うか。まあ、こういうところでは含みを残して具体的な名前は上げないというのは一つの良識だとは思いますが、一般論としては羽生結弦さんのこと、と捉えることになるでしょう。(小平奈緒さんの引退が収益力に影響出るくらいにスピードスケートも自分たちで稼いでほしいですが・・)

ただ、ここは個人の感覚ですが、短期的には特に日本から吸い上げる収益としてはそれほど大きな影響はないと思われます。日本の場合はフィギュアでは世界チャンピオンが3種目いますので、放映権料値下げの交渉も強くはしづらい(たぶん交渉力も弱そうだし。むしろペア競技の価値が上がったでしょと言われ値上げまである)。また、誤解されやすいのですが、観客減っても直接的にすぐにはISUは痛くないです(開催地がそこは被ります)。中長期的には観客が減ったイベントにかかわる広告権の価値が下がる、という痛手はありますが、それはすぐに22年や23年に出る事象ではないでしょう。結構効くのは日本ではなくて中国からの契約のところではないかと思っています。自国のペア選手が壊滅してしまっているところで、中国で人気の高い羽生結弦さんもいないとなると、放映する価値が全然なくなってしまいますので、23年の収益にすでに痛手が出ている可能性は感じます。そういう観点では日中に次ぐ金の出してとしての韓国勢の躍進というのは好材料でしょう。

 

羽生選手の競技会撤退で収入が減るのではないかという心配はISU自体もしていますし、外野でもそういう声は大きいように見えますが、こうやって見てみると、そもそも羽生選手が最も輝いていた時期でも、あまりそれをうまくいかせていなかったのではないかというようにも見えます。データが手元では今断片的にしかないのですが、2013年の放映権料収入は1,850万スイスフラン程度で、これはピークの19年の2,100万フランと比べてもそれほど大きな差がある数値ではありません。そもそも稼ぐのがあまり上手ではなかったので、そのあたりの選手の構成の変化があってもそれほど減らないのではないか、という見方もできます。さらに言えば、莫大な資産を抱えているので、ちょっとやそっとの赤字ではびくともしないし、この先、金利の高い債券を確保できれば、むしろそちらからの収入が放映権料も超えてメインの収入になっていく可能性もあります。

というわけで、いいんだか悪いんだかわかりませんが、スケートで稼ぐのは下手だけど金融で稼ぎが上がって来るし、莫大な資産をすでに持っているので、ISUはしばらくは安泰よ、という風に見えました。2.65億スイスフランにおよぶ債券はやはり大きいです。その辺からもうちょっと選手へのリターンがあってもいいんだけどなあ、と思ったりします。ISU公式戦の賞金総額がもう少し上がってもう少し下位まで配分が出るようになるといいと思うんですけどね。グランプリシリーズ2戦級の選手は収入面では苦労せず競技活動を続けていけるようになってほしいです。